心視

パドリングの基礎は練習により習得することができる。それは技術であるから、巧拙はあっても、習得できるものである。ところが遺伝的な特質には習得することができぬものがある。出発前に地図を一度見ただけで、目的地までの複雑な道順を覚えている人がいる。また初めて通る道なのに、行き先を通り過ぎたのが分かって、黙って引き返す人がいる。石垣島の八幡さんはカヤックで航海中、海の上で寝込むことがあるという。どこかへ流れていかぬか、私なら心配になり、海上で寝るなど、とても出来ないが、彼はまるで気にしない。島の位置が変わるわけではないので、全く心配はないという。

こうした人たちに共通しているのは、自分の判断に、絶対の無条件の自信があることだ。方向感覚が、筆者のように、平面の感覚のみではなく、いはば空から海や陸地を見下ろすような感覚なのだろう。地上に道が走るのが感じられ、海上の潮の道が脳裏に浮かぶので、これはツバメや鮭が、生まれたところへ帰る本能とは違うものである。

筆者の知っているだけでも、3人はいるのだから、日本国中では、相当の人数になろう。また退化しつつある感覚であるのも確かだろうから、太古の昔には、人口に比して、多くの人々が持っていた感覚に違いない。

かの柳田国男氏は、死が訪れたとき、魂が抜け出て、天井あたりに止まって、今は抜け殻となった自分の体を見ている夢を見たという。また渥美半島の伊良湖岬で、椰子の実が、寄せては返し漂うのを見て、友人の島崎藤村氏に、はるかな故郷から潮に乗って、遠い遠い日本まで、一人旅をしてきた椰子の実のいとおしさを伝えたところ、藤村氏は、詩にするので、その想いを発表するのを待ってくれと頼んだという。そして、あの有名な「椰子の実」が生まれた。

柳田氏には、椰子の実が、木から落ちて、海に浮かび、大きなうねりの中で、浮きつ沈みつ、漂っている姿が、生き生きと見えていたのだ。これも空から見る感覚なのである。

氏の有名な説に、一つ目小僧とは、部落のために目を傷つけて、部落の平穏を願った、今では忘れ去られた、小さな小さな神であって、ある日、一つ目小僧に会えば、それは恐ろしい。その古い記憶がよみがえる為だ、と。一つ目小僧が、谷間を一人淋しく歩いている姿が空から見える人がいるのだ。

人々が南から日本に渡ってきた証拠はないそうだ。南から渡って来たというのは、詩人柳田国男の、美しい夢に過ぎない、というのが定説であるという。かかる定説は、かっては万人が認めて、今では失われつつある、先人の能力を無視してはいないか。いかが。

おわり
20年5月